2017 / 09
≪ 2017 / 08 - - - - - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 2017 / 10 ≫

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

薬師院仁志氏の著書「民主主義という錯覚」を読了する。
趣味半分、いつ役に立つかわからない仕込み半分。
再認識させられることが多く小生にとって大いに有用な内容であった。

ルソーの思想内容に拠って「国民主権」「共和制」が解説され、その地平からの「民主主義」の本質が述べられる。またそれからの差異として存在する「アメリカ流(ジャクソン流)民主主義」についての論考、「本質から離れた」民主主義が導入された日本についての論考などは刮目すべき内容であった。

さらには明治維新後の日本政治の流れ・・・当然「民主主義」を核としての論考である・・・も述べられておりこれにもまた刮目。
1925年制定の普通選挙法案が高額の供託金とセットにおいて可決されたことは恥ずかしながら知らなかった。この供託金を視点とし現在の日本の「民主主義」の現状分析もあり、これもまた秀逸。以下に簡単に紹介。

大阪市長選を例にとり「市長選挙の供託金は240万円、大阪府の法定最低賃金は731円。立候補するためには1年365日休みなく毎日9時間働かなければ届かない。週一日休めば一日10時間30分働かなければ不可能である。この国では供託金240万円が合法化されていると同時に、時給731円も合法化されているのである。」

ちなみに衆議院選挙の供託金はいかほどかご存知だろうか?
「国民主権」たり得ない代議制とは民主主義なのか?


他にも
「民主主義は、全ての人間が同一の存在だという前提に立っている。全ての者に同じ権利を与え、同じ自由を認め、同じ人間として平等に扱うのである。一方文化を前にした場合、そのような前提は成り立たない。そこでは、人間の異質性を容認することが、文化的な権利を認めることになる。だが、人間を質的に区別する民主主義など、存在し得るのであろうか。」に象徴される論考や、右と左の差異は「ソシアルとリベラル」であるという視点から「ソシアルな平等主義を全面化するのが共産主義であり、その対極にあるのが、今日のアメリカ共和党」なのに「日本では"社民リベラル"を標榜する社会民主党なるキメラのような政党が"自由のもたらす恵沢を確保"というアメリカ憲法の丸写ししたような自由主義憲法の死守を訴えるという滑稽さ」などの内容は小生に無かった視点であった。

大いに収穫有りの書物でした。




この記事へコメントする















08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
メールなどはこちらから。

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。