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聞いてきました、350回定期。

曲目は

メシアン:キリストの昇天
武満徹:ファンタズマ/カントス
ラヴェル:バレエ『ダフニスとクロエ』全曲

指揮はティエリー・フィッシャー、武満の曲にはクラリネット ソロイストの亀井良信氏が。

一言感想を申しますと

いやあ凄かった・・・

本日は「名演」。
名フィルの歴史の中に残る演奏・・・将来「あのときの演奏が名フィルの転機になった」といわれるような・・・になる、そんな演奏でした。


さて各曲目の簡単な感想を記します。

メシアン
初の聴取でした。オケが紡ぎ出すとても心地よい響きの中で、実は3楽章で不覚にも落ちてしまいました・・・
不協な和音がびしばしと鳴ってはいるのですが透明感のある響き、
その中でふうわりと身体が浮くような心地よさ。キリストの昇天とはかくなるものかという追体験。
傑出した演奏でした。ブラヴォ!!

ただ一楽章金管楽器が素晴らしい演奏をしている中で
トランペットのアタックが悪く(澤田氏)終始ボソボソしていたのが耳につきました。
彼の発音の悪いアタック-少々低めの音域にのみ発生するようです-を聞きながら
頭の中では「こういうの吹かせたら畑田氏が上手なのになぁ、なぜ彼じゃないんだろ」なんて思ってしまいましたが、畑田氏は7月で引退していたのですね。残念。
しかし澤田氏。いつぞやのペトルーシュカのソロといい、今回の演奏といい、今後の精進を大いに期待したいものです。
今後に期待を込めての苦言ということで。

武満
僕の大好きな武満。しかしこれは初聴取。大いに期待して聴きました。
いやあ良かったですね。
シャープでありながらふくよか、厳しさを感じさせながらも暖かい、
無限な空間を感じさせる武満の響きの世界。

たゆたう音は、
竹藪の中を通り抜ける一陣の風、
竹林の中から見上げる太陽、
木漏れ日のような淡い光の感触。
そして武満が描き出す風景の中を歩む私たち聴き手。

ふと気がつくと風景に同化したかのようなクラリネットのハイトーン。
遠景のように、近景のように迫っては離れ、離れては近づく音風景。
亀井良信氏のクラリネット、見事にこの武満を描いておりました。
いやいや「描いていた」とういうよりも「一部となっていた」と表現する方が適切でしょうか。
亀井氏のクラリネット、
低音域から高音域まで豊満かつ繊細な音色を響かせわたるあたり非凡な才能をしめしていました。

武満が終わったあたりで、ふ、と思ったのが、メシアンと武満の音空間の同質性。
なんとなく、なんとなくではありますが、
同じベクトルを持った音空間であるように私には感じられました。
少なくともこの日フィッシャーが造形した二つの曲は、同じ地平にあるのでは・・・
そんな印象を受けたのです。
で、あるならば、この日の「学問の拒絶」という謎めいたテーマはこの共通項にあるのでは?
休憩時間にカフェテリアで珈琲を飲みながら、頭の中でダフニスを鳴らしてみると、「確かに似ている?」

そうこうしているうちに3曲目。ラヴェルが始まりました。

クラの亀井氏休憩後に客席に出現し、カフェテリアから戻る私と鉢合わせ。
おや、と見ると私の斜め前方の席に座り、ダフニスをしっかりと聞いておりました。

ラヴェル
もう、言うことありません、書くことありませんってのはオーバーですが、
これほどのダフニスを聴くことができるとは、しかも名古屋で、しかも名フィルで、思ってもいませんでした。
ただただ音空間に耳を澄まし、身をゆだね、感じ入る、それだけで十二分に満足できる時間を過ごしました。

疵、は当然ありました。
たとえば、無遠慮な、ただただ鳴らせばいいという姿勢のウィンドマシン。
弱音の表現をすることができなかった合唱団、等々

しかし、そんな疵をおぎなって余りある完成度。
デュトワのようなあざとさ・外連味(もちろん「良い意味での」です。)はなく、
あくまでもインテンポで攻めて音楽を構成したフィッシャー。なのに凄い。ものすごい完成度。ものすごい感動。
いったい彼の凄いのか?
聞こえてくる音が違う。う~ん・・・ブーレーズの録音を聴いたときのような、と書くと近いのかなぁ・・・

ともあれ、いろんな意味で衝撃的な体験でした。
拍手をしていると、気づかないうちに、左の目から汗が一滴したたり落ちていました。不覚!

さて余計な事をいろいろと書き連ねましたが、
ダフニスを体験した上で、もう一度「学問の拒絶」の意味は何か?ということについて。
響きの同一性とか、作曲のテーマとか、そんなんじゃなく、
「余計なこと抜きに、頭を空っぽにして、音空間に身をゆだねよ」ということかなぁ。
音楽を聴くという行為は「信仰」や「神を感じる」ということに近いのかもしれません。

そんな事さえも感じさせられた名フィル第350回定期でした。

【はじめまして】
初めて書き込みます。いつも拝見しております。これからも遊びにきます☆
【】
いつも遊びに来ます。いつも更新凄いですね。私も努力しないと・・・。最近寒くなってきたので風邪などに気をつけて下さい。応援しています。
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【2008年9月6日(土)16:00~ 愛知県芸術劇場】 <ツァラトゥストラ4―学問の拒絶> ●メシアン:《キリストの昇天》 ●武満:《ファンタズマ/カントス》 →亀井良信(Cl) ●ラヴェル:バレエ音楽《ダフニスとクロエ》 →荻野砂和子/グリーン・エコー ⇒ティエリー... ...
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