2010 / 10
≪ 2010 / 09 - - - - - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 - - - - - - 2010 / 11 ≫

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

行ってまいりました、名フィルのコバケンスペシャルvol.20「ロシアン・フェスティヴァル2」
コンサートの詳細は以下の通り。

2010年10月27日(水)18:45開演 [会場]愛知県芸術劇場コンサートホール

[指揮]小林研一郎
[ホルン]安土真弓 〈名フィル ホルン奏者〉

[プログラム]
ムソルグスキー[リムスキー=コルサコフ編]:交響詩『はげ山の一夜』
ゲディケ:ホルン協奏曲へ短調 作品40
リムスキー=コルサコフ:序曲『ロシアの復活祭』作品36
チャイコフスキー:序曲『1812年』作品49



小生、安土嬢の演奏聴きたさに仕事を休んで駆けつけてしまいました。
結論から書きますと、休暇を取って聴いた甲斐があった!安土嬢の演奏でした。
良かった!凄かった!素晴らしかった!大絶賛モノでした。


さて、その他のことを少しばかり。

小生、普段の定期では2階12列目近辺のちょうど真ん中あたりで聴いているのですが、この日は2階L1列24番という座席。第一ヴァイオリンの真後ろって感じのロケーション。
これがなかなかおもしろかったのです。
まずこうも音の聞こえ方が違うのか、と再認識。
各々の個の楽器の音を聞くのなら「2階L1列24番」、音楽全体を聴くのなら「小生普段の席」という事になるのでしょうか。
今回の席で演奏を聴いて、かつて自分が演奏する側だったときの音の聞こえ方を思い起こしておりました。
いや、ホントに個々の奏者の音はおもしろかった。そうか近くだとあんな感じで聞こえて(たとえばクラのボルショス氏。息の音がゴーゴーしてて、あんなに息入れて吹いてるんだ!と驚愕)自分が学生だったらどんなに勉強になることだろうなんて思いながら聴いておりました。

安土嬢の演奏もベルの真後ろに小生座っていたので、彼女の生音を堪能。ホントに良かった。
一瞬よれたり外したりと小さな疵(無疵でこなせたらホントにスーパーな事なのですが)はあったので彼女はこの日の演奏に必ずしも満足していないとは思うのですが、しかし凄かった。

オケの近くだったのでこの際なのででじろじろと観察させていただきましたら眺めましてティンパニのヘッドがプラスチックだったのを発見。昔(いつくらい昔か忘れました・・・)は皮のヘッドだったんだけどな、名フィル。これは今回の演奏仕様だったのかもしれませんが。

席に着いたとき、自分の目の前にスピーカーがおかれていてたので「コバケンさん、おしゃべりするのかな?」なんておもっておりましたら、前半部はおしゃべり無し。
で、小生「さては1812の大砲の音をPAでながすのかなあ」なんて思い直しておりましたら、後半部はしゃべるしゃべるマエストロコバケン。すっかり会場の空気は和んでまさに「ロシアンフェスティバル」状態。まさに「名曲コンサート」となりました。会場の空気は和みましたが、ついでにオケの雰囲気も少々和んでしまったのかなあなんて思う事もありましたが、これもまた良しでしょう。


「1812年」ではバンダも登場し、最終部分ではチューブラベルの乱打と共に会場内は豪華絢爛きらめく音の洪水に飲み込まれました。そういえば1812の生オケを聴くのは、小生が大学2年の時にくしくも1812のバンダをやったとき以来だなあなんてバンダ諸君を見て25年くらい前の出来事を思い出しました。あの時のオケは新日だったかな?どこだったんだろ?すっかり失念。

バンダの方々、ラッパの先頭に県芸の先生の武内さんがいらっしゃったので県芸の学生さんだったのでしょうか。バンダの皆さん見事な吹きっぷり、ご苦労様でした。

で、アンコールは二曲。白鳥から「四羽の白鳥の踊り」とくるみ割りから「トレパック」。いやあ最後までロシアです。

会場の聴衆の皆さんはホントに喜んで聴いておりました。
シビアなコンサートではないのですから楽しく聴くことが出来るのは何よりです。
最後の最後まで聴衆は大喜び。
またマエストロの例によってのサービスぶりに、とくにお年を召された聴衆の皆さんは嬉しいだろうなあ、あんな風に「痒いところに手が届く」気の使い方をされると「コバケンファンが多いわけだよなあ」なんて思ってしまいました。
喜びに沸く、ホントに楽しそう嬉しそうな会場の皆さんの様子を眺めていて(小生の座席からは見渡せたんですよね)小生がまた聴きに来るかは別として、こういう演奏会も充分に有りだよなあ、と感じた一日でした。

そうそう、トレパックで打楽器の菅生氏がタンバリンの両面を見事に使いまくって、切れ味の鋭いリズムを見事に刻んでいたことを失念してはいけませんでした。ブラヴォでしたね。




スポンサーサイト

行ってまいりました、名フィル。今回のコンサートの詳細は以下の通り。

名古屋フィルハーモニー交響楽団 第373回定期演奏会

2010年10月23日(土)16:00開演 [会場]愛知県芸術劇場コンサートホール

[指揮]マーティン・ブラビンス
[ヴァイオリン]ジェニファー・パイク

[曲目]

チマローザ:歌劇『ロンドンのイタリア女』序曲
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調 作品64
ヴォーン・ウィリアムズ:ロンドン交響曲(交響曲第2番)


では例のごとく、小生のタコ耳による聴取録を。


チマローザ:歌劇『ロンドンのイタリア女』序曲
ああ、こういう曲をあんな風に演奏できるなんて・・・・
弦をだいぶ刈り込んだ編成、ということもあったのかもしれませんが、乱れなんぞみじんも感じさせることなく練り上げられた小粋な演奏。
とても心地よいサウンド風景と謡いっぷり、響きも豊穣だったし、ホントに名フィルは上手になったと実感できた曲でありました。

メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調 作品64
ヴァイオリン独奏は、その所作に初々しささえ感じさせてくれた(このあたりがだいぶ「おっさん」入ってますが)ジェニファー=パイク嬢。技巧・技術面ではまだまだ伸びていく余地があるのかな、なんてことも思いましたが、音楽全体の流れを大きく掴みスケールの大きな表現力と豊かな音色・音量に感服いたしました。しかも音楽を前へ前へと進んでいくんですよね、まるで彼女の中からあふれ出るものを堰き止められないかのように。そんな独奏にたいして、この日の指揮者のブラビンスが実にうまくオケ(と彼女の)手綱をとって絶妙なバランスに曲を仕上げてました。
友人曰く「こんなに退屈しないメンコンは初めてだ。」とのこと。小生も強く同意した次第です。
「Arigatogozaimasu。Sarabande by Bach」と彼女が告げて始まったアンコール。
小生にとってこれはイマイチだったのですが、これは全く嗜好の問題ですね。

この日のメインプログラム「ロンドン交響曲」演奏時には彼女、小生の席の右前方にて彼女の父親かなあ?なんて思われる年格好の男性氏(マネージャーでしょうか。それともホントに父親なのかな。)としっかり聴いておりました。ロンドン交響曲終了時には大きな拍手をしていたことを申し添えましょう。どうでもいいことですが、彼女の横顔きれいだったなあ。

さてそんなRVWのロンドン交響曲(交響曲第2番)。ジェニファー=パイクが盛大な拍手を贈っていたように上出来の演奏。
ブラビンスの真骨頂発揮という演奏だったのではないでしょうか。骨格ががっちりとした堅牢な構成。堅実なサウンド感。曲自体の性質というのもあるのでしょうが、非常にしっかりと音楽が作ってあったように感じました。
また今回のコンサートでは「弦セクション」が鳴ること鳴ること。あまりの鳴りっぷりに小生驚き。いつもは少々物足りないと感じるチェロまでがゴーゴー鳴る。これブラビンス効果なのでしょうか。何にしろ大満足。
RVWのオーケストレーション、これ実に小生のツボでして、そのような曲をとても充実した演奏で聴くことが出来てホントに幸福な一時でした。

と、そんなわけで次回の名フィルも期待したいですね。


あまりにも共感し納得したので転載します。

転載元はhttp://blog.tatsuru.com/2010/10/22_1013.php

教育のコストは誰が負担するのか?

増田聡くんがツイッターで、奨学金について考察している。

もう奨学金という名称を禁止すべきではないか。学生向け社会奉仕活動付きローンとか、強制労働賃金(返済義務あり)とか、いいのがとっさに思いつかないけど、現実を的確に解釈しかつ人口に膾炙するキャッチーな概念をこういうときにこそ考案するのが人文学の仕事なのではなかろうか。マジで。

すくなくとも現状の奨学金は奨学金ではなく貸学金と呼ぶべきだよな。

貸学金:たいがくきん。うっかり借りてしまうと社会奉仕を義務づけられ単位取得が滞りしまいには退学に追い込まれてしまう、恐ろしい学生ローンのこと。

今知ったんですが「貸学金」という言葉は中国語に存在しまして、うちの留学生の王さんにきいたところを総合するとほぼ日本の学生支援機構「奨学金」と同種の学生貸付制度であるようだ(99年開始だとのこと)。一方で、中国には返済不要のちゃんとした奨学金も存在する。よっぽど中国の方がまっとう。

これからは日本の返済義務ありの自称「奨学金」は、貸学金と正しく呼ぶことを提唱したい。とりあえずいま変換辞書に登録した。

普通学生ローンでは親の収入とか聞かないですからねえ…。貸学金は就学困難学生対象、返還減免や利率減免もあり現状の日本学生支援機構の制度とかなり似てる。

結局、日本では高等教育の受益者は学生(とその親)でしかない、とする通念が強固なので、その学費は自由な参入と離脱に対して禁止的なまでに上昇してしまう。

となると、本来あるべき「高等教育を受けた人が社会を良くする(経済的に、を含むあらゆる側面で)ことによる社会全体の受益」のために、たまたま経済的困難を抱えて就学困難な学生を支援する、という奨学金の趣旨は見失われるし、高等教育自体の「名目化」も進行する。

高等教育の名目化とは、「高い学費自前で払ってる消費者やから、多少勉強してなくても学士号やっとくか」という大学現場の(われわれの)弛みに他ならない。

学生時代の恩師は大学紛争直後に大学にいた世代だが、呑むたびに「昔は学費が安かったから出来の悪い連中を心置きなく落第させられたけど、今は卒業させないと学費かかるから落とせない」とこぼしていたのを思い出す。そういえば「落第」が大学現場で死語になり「留年」となったのはいつ頃からだろう。

本来のscholarshipというのは高等教育の自由な参入と離脱を保証することでその教育の質を保つ機能とともに、特に優れた学生へのインセンティヴとして機能していた筈なのだが(というか日本以外の国ではそうなっていると思うのだが)日本語でいう「奨学金」は何の機能を果たしているのだろう。

なぜオレが「奨学金」問題にこだわるかといえばその受益者だから。だが大学教員になったら返済不要な育英会「奨学金」ってそもそもおかしいやん、と強く思う。だったらお前は個人的に返せ、という想定される異論自体がおかしい、というのも含め、高等教育を個人的な財にしか還元しない思潮自体が変だ。

私も増田くんの奨学金についての考え方に同意する。
現在の奨学金は本質的に「学生ローン」であり、その根本にあるのは、「教育の受益者は学生自身(および保護者たち)である」という信憑である。
人間が教育を受けるのは、「自己利益を増大させるためである」という考え方そのものが現代教育を損なっているということについては、これまでも繰り返し書いてきた。
しつこいようだが、これが常識に登録されるまで、私は同じ主張を繰り返す。
教育の受益者は本人ではない。
直接的に教育から利益を引き出すのは、学校制度を有している社会集団全体である。
共同体の存続のためには、成員たちを知性的・情緒的にある成熟レベルに導く制度が存在しなければならない。
それは共同体が生き延びるために必須のものである。
だから、子どもたちを教育する。
いくらいやがっても教育する。
文字が読めない、四則の計算ができない、外国語がわからない、集団行動ができない、規則に従うことができない、ただ自分の欲望に従って、自己利益の追求だけのために行動するような人間たちが社会の一定数を越えたら、その社会集団は崩壊する。
だから「義務教育」なのだ。
ほとんどの子どもたちは「義務教育」という言葉を誤解しているが、子どもには教育を受ける義務などない。大人たちに「子女に教育を受けさせる義務」が課せられているのである。
それは子女に教育を受けさせることから直接受益するのは「大人たち」、すなわち社会集団全体だからである。
社会集団には成熟したフルメンバーが継続的に供給される必要がある。
学校は畢竟そのためのものである。
公教育観が今のように歪んだのは、アメリカにおける公教育導入のときのロジックにいささか問題があったせいである。
19世紀に公教育を導入するときに、アメリカのタックスペイヤーたちはそれに反対した。
教育を受けて、知識なり、技術なりを身につけると、その子どもはいずれ、高い賃金や尊敬に値する社会的地位を得るチャンスがある。
つまり「教育を受ける」というのは子どもにとって自己利益の追求である。
そうであるなら、教育は自己責任で受けるべきである。本人か、その親が、将来期待される利益に対する先行投資として行うべきものである。
われわれ成功者は自助努力によってこの地位を得た。誰の支援も受けていない。
そして、自分の金で、自分の子どもたちに教育を受けさせている。
なぜ、その支出に加えて、赤の他人の子どもたちの自己利益追求を支援する必要があるのか。
だいいち、そんなことをしたらわれわれ自身の子どもたちの競争相手を育てることになる。
教育を受けたければ、自分の財布から金を出せ。
以上。
というのが、公教育制度導入までのアメリカの納税者たちのロジックであった。
いまの日本の奨学金制度を支えるロジックとほとんど選ぶところがない。
それに対して、公教育制度の導入を求める教育学者たちはこう反論した。
いやいや、それは短見というものでしょう。
ここでみなさんの税金を学校に投じると、どうなりますか。
文字が読め、算数ができ、社会的ルールに従うことのできる労働者が組織的に生み出されるのです。
その労働者たちがあなたがたの工場で働いたときに、どれくらい作業能率が上がると思いますか。それがどれくらいみなさんの収入を増やすと思いますか。
つまり、これはきわめて率のよい「投資」なんです。
公教育に税金を投じることで、最終的に得をするのはお金持ちのみなさんなんですよ。
「他人の教育を支援することは、最終的には投資した本人の利益を増大させる」というこのロジックにアメリカのブルジョワたちは同意した。
そして、世界に先駆けて公教育制度の整備が進んだのである。
私はこのときの教育学者たちが採用した「苦し紛れ」のロジックを批判しようとは思わない。
できるだけ多くの子どもたちに教育機会を付与することの方が、金持ちの子弟だけしか教育を受けられない制度より国益を増大させ、共同体の存続に有利に作用することは間違いない。
この実証的態度を私は多とする。
けれども、このアメリカの公教育導入の「決め」の一言が「他人の子どもたちの教育機会を支援すると、金が儲かりますよ」という言葉であったことの本質的な瑕疵からは眼を背けるべきではないと思う。
これは緊急避難的な方便ではあっても、公教育の正当性を基礎づける「最後の言葉」ではない。
公教育の正当性は、「金」ではなくて、「いのち」という度量衡で考量されねばならないからである。
できるだけ多くの子どもたちに教育機会を提供し、それをつうじて知性的・情緒的な成熟を促すことは、共同体全体が生き残るために必須である。誰それのパーソナルな利益を増減させるというようなレベルではなく、共同体成員の全員が生き延びるために教育はなされるのである。
子どもたちを教育することは、公的な義務である。
一定数の子どもたちが高等教育を受け、専門的な知識や技術をもち、それを活用することは、共同体全体の利益に帰着する。
だから公的に支援されるべきなのである。
奨学金はそのためのものである。
漱石の『虞美人草』には、人々の篤志によって授かった高等教育機会を自己利益のために利用しようとする青年が出てくる。
彼が受ける罰を詳細に描くことによって、漱石は明治に学制が整備されたその起点において、「教育機会を自己利益の追求に読み替えてはならない」という重要なアナウンスメントを行った。
その効果はたぶん半世紀ほどは持続した。
そして、いま消えている。
教育行政も、子どもたちも、親たちも、教育を受けること、勉強することは「自己利益を増大させるためのものだ」と思っている。
教育のコストは自己負担であるべきだというロジックはそのような世界においては合理的である。
私が言いたいのは、「教育のコストは自己負担であるべきだ」というロジックが合理的であるような社会は共同体として「滅びの道」に向かう他ないということである。

さて本日10月23日は名フィル定期の日。
本日のメインはRVWの交響曲第2番「ロンドン交響曲」。
小生宅に、なぜかある音源で、めずらしく予習してみたりしている。

RVW.jpg

これシャンドスの30周年記念BOXセットに入っていた一枚。
おおっアンドリューロイドウェーバーはここからパクって「オペラ座の怪人」かいたのか?なんてサウンドもあったりしておもしろい。

さて名フィル。
予想通りフィッシャーは常任を退任することになった。

無念である。
このことについて小生の雑感および妄想を以下に記す。

所詮地方オケの常任ポスト、多くの地元マスメディアでは名フィル発表のアナウンスどおりの報道しかされてなかった中で(と小生は思っている)毎日新聞だけがちょっと毛色の変わった報道をしていた。
こちらを参照を。 http://t.co/zq3l8zl
小生がどこに注目したかというと以下の部分。
「楽団員には退任を惜しむ声もあるが、契約当初から3年間の条件付きだった。」

そうか、契約当初から3年か・・・なんて思ったのだが、おいおい違うじゃないか。思い返すとフィッシャー、当初は2年契約だったはずだ。で昨年の今頃(だったか?もう少し前だったか?)に1年間の契約延長となったはず。これは名フィル定期のプログラムでもHPでも発表されていた。その発表に小生なんだか違和感を覚えたのだ。「なんでたった1年の契約延長なんだろ?」と。その発表を見て、なぜ本格的な長期契約をしてフィッシャーに任せないんだ、と憤っていたのだ。

しかし今になって、そうか、と、はたと膝を打つ小生。なるほどそういうことだったのか、と見えてきた。
が所詮小生の根拠のない妄想によるのだが。

以下はすべて小生の妄想である。

名フィル常任に関してフィッシャーサイドの意向は当初から2年契約。それは既定路線であった。
だからユタの音楽監督をあのタイミングで引き受けた。
3年目の今年については名フィルがフィッシャーの手腕に心底惚れ込み頼みに頼み込んで引き受けてもらった。
金銭的に苦しい中での条件としてのサントリーホール公演とかいろいろなことを提示したに違いない。
フィッシャーサイドは折れて1年契約延長とした。
当然、今年については当初から「退任の年」のつもりでありそれは揺るぎないもの。
だから「今年のプログラミング」なのだ。
定期はマーラー9番で常任を去る、なんて余りにも出来すぎな気がしていたのだが、当初から考えられていたシナリオと思えば合点がいく。
そして名フィル常任最後の仕事はブラームスのピアコン2番と交響曲4番。これも出来すぎ。

最初2年の定期プログラムと今年の定期プログラムの「違い」もそう考えると、何となくだが、合点がいく。
フィッシャーは当初の契約満了までの2年間で「手の内全てをさらけ出し」「燃焼し尽くす」つもりであったのではないだろうか?
だから昨年フィッシャーは「第九」を振ったのではないか?そんなプログラムにGoサインを出したのではないか?

妄想モードに上塗りをする。

そう考えると、名フィル事務局はよくやったよなあ、1年間フィッシャーをよく食い止めたよなあ、なんて思うのだ。よくやった、事務局。今年のフィッシャーも良かったしなあ、ってまだ2月があるけれど。

しかしだ、であるならばだ(って妄想が前提なのでなんだかなのだが)、この1年間事務局は何をやっていたのだろう?来年常任不在とはどういう事だ?もしかしてフィッシャーがさらに契約延長してくれる、なんて思っていたのであろうか?そうだとしたら(と妄想に妄想を重ねてまるで事実と確認できない論を述べてしまいますが)事務局の対応は余りにもアマチュア、あるいは「ヒトが良すぎる」のではないかなんて思ってしまうのだ。
で、事務局は何とかフィッシャーにと頼み込むというラインしかなく、フィッシャーがダメだった場合の事はまるで考えていなかった。いや考えると言うことが「いけないこと、もしフィッシャーがOKしてくれたらどうするんだ?」なんてまるで「タフでないネゴシエーター」であったのだろうと推察する。
で案の定フィッシャー常任延長固辞の後、対応が後手後手後手に回ってしまい2011年度からは常任不在となってしまった。以下省略・・・・。


妄想モードは以上で終了。

そんな妄想もあり小生は来期の名フィルに大いに落胆していたのだが、昨日来シーズンのプログラム発表がありそれを見て小生、「おおっ!やるじゃないか名フィル」となってしまったことを告白しておく。

来期プログラムの感想と本日の演奏については明日?明後日にでもアップしたいなあ。

















09 | 2010/10 | 11
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
メールなどはこちらから。

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。