2010 / 09
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もう一昨日になってしまいますね、ル・ジュナル・ド・パリat名古屋しらかわホール9月23日。
小生そもそもオケやらピアノやらを聴き始めた契機が「ラヴェル」。
そんな因縁もありまして、このプログラムを見た瞬間にチケット購入を決意。
細君をつきあわせましてこの日11時から21時過ぎまでフランス印象派に耽溺した次第です。

タコ耳の小生の聴いた印象などはツィッターにつぶやいてしまいましたのでそれを引用します。

ル・ジュルナルド・パリat名古屋しらかわホール、弟一部終了なう。モディリアーニカルテット絶品!二部以降も大充実の予感。なのに空席多数…

ル・ジュルナル・ド・パリat名古屋しらかわホール。弟二部終了なう。児玉桃とクレール=マリ・ルゲの連弾「ドリー組曲」。素敵すぎて言葉がない。

ル・ジュナル・ド・パリat名古屋しらかわホール。第三部は児玉桃の「夜のガスパール」が珠玉だった。第四部はアルベニスの「イベリア」。楽しみ。

ル・ジュナル・ド・パリat名古屋しらかわホール第四部終了なう。物凄くスケールの大きないアルベニスだった。名演。演奏はL・F・ペレス。



以上のように当日はつぶやきました。文字や時間の制限もあり(なにせ人形劇観たり珈琲飲んだりホワイエに出没した児玉桃さん眺めたり手回しオルガン回させて貰ったりイチビキに昼飯食べに行ったり夕飯求めて徘徊したりと盛りだくさんだったんです、この日は)エッセンスだけしかつぶやいてません、し第五部は力尽きてつぶやいてませんので、書きたがりの小生としては以下にの補足をばいたしたいということで。



さて冒頭の第一部。モディリアーニ弦楽四重奏団にぶったまげました。あまりのすばらしさに小生、尻子玉抜かれまくりの巻。ピアノ奏者の各人の音色や傾向の違いも如実に示してくれたのがこの第一部でした。

第二部。つぶやいたとおりにフォーレが絶品。感涙もの。そもそも、こんなプロフェッショナルな演奏者が気合いを入れて演奏した「ドリー」を聴くことが出来るという奇跡。
その他にも児玉桃のドビュッシー、この回も絶品のモディリアーニカルテットなどまたしても尻小玉抜かれまくり。アンヌ・ケフェレックのパヴァーヌ、冒頭まるでペダルを使わずこのまま超古典的なパヴァーヌになるのかしらん・・・と思ったら案外普通ね、なんて感じたこともここで告白します。


第三部。アンヌ・ケフェレックはどうやら小生の好みではないらしい、ということが発覚したラヴェルの「鏡」。クレール=マリ・ルゲの「子どもの領分」はまあ普通。といっても、個人的に発見したのが「小生ドビュッシーのピアノ曲は寝る」ということ。寝てしまいました。でもホントにドビュッシーのピアノだけなんだよなぁ、寝るのって。言い訳はさておき「普通」と書きながらも「良かった」んですよ、彼女の演奏は。この日の演奏全体に。でもドビュッシーは聴いてる最中に寝ちゃってるもので。。。
児玉桃のラヴェルは絶品。暖色系の彼女の音と寒色的なガスパールのスコアがコラボして絶妙な世界を作りだしてました。大堪能。

第四部。尻小玉が無くなるほど抜かれました。こんなイベリアあるのかしらん・・・・
けしてきれいな演奏ではないのだけれど、スケールが大きく壮大・掴みが大きな堂々とした演奏。演奏者L・F・ペレスが彼の掌中にしたアルベニスのイベリア。大絶品でしたし超名演でした。この演奏は録音では再現できないだろうし伝わらないよなあ。。。。。。
妻にはまるでけっちんを食らいましたが、小生の分類ではこ演奏者のL・F・ペレスは「チャゲあす」の「飛鳥涼」とおなじ集合に含まれるのですが、いかがなもんでしょうか。ってわけがわかりませんよね、これじゃ。

第五部。これつぶやいてません。当日、もう力尽きてますね。
「マ・メール・ロワ」の素晴らしかったことといったらなかったです。これ児玉桃の音楽性とアンヌ・ケフェレックの音楽性がまるで(「少々」かもしれませんが)違うことがもたらしたコラボレーションの勝利。第一曲目の最後の音がちょっとずれることもありましたが、そんなも問題外。「1+1が5」くらいになった演奏でした。それよりもなによりも、繰り返すことになってしまいますが「そもそも、こんなプロフェッショナルな演奏者が気合いを入れて演奏した「ドリー」を聴くことが出来るという奇跡」はこの「マ・メール・ロワ」にもあてはまります。

さてここまであまり記述してないクレール=マリ・ルゲ。彼女ドビュッシーばかり弾くんですよね。ドビュッシーで寝てしまう体質の小生としてはあまり書けないのですよ・・・無念。美しいピアニストなのになあ。


そんなこんなでロングランコンサートに臨んだわけですが、酔っぱらいながらこれを書いていたらやはり力尽きてきました。さて本日は武満徹の映画音楽集から「どですかでん」「青幻記」「四谷怪談」「乱れ雲」「黒い雨」を聴きながらの記述でございました。武満の映画音楽は良いなあ。

そんなわけで・・・・


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突然、といいますかようやく秋が訪れたこの頃。

本日は三連休の中日です。
昨日、本日と青森は弘前の銘酒「豊盃」を、さらに新井治彦お奨めの「バホンディージョ」をかたむける日々。

幸福、とはこのことですな。

美味い酒には音楽がかかせません。

こんな夜はちょっとこじゃれた名演を。ジョセフ=アレッシのソロアルバムに収録されているジャズコンボを。
絶品、です。






先日、茂木健一郎氏の連続ツィート「坊ちゃん」を読み、しばし黙考。
それに触発されたのだろう、歯科医での待ち時間に「泣いた赤鬼」を手にとって読んでしまった。

「泣いた赤鬼」浜田廣介氏作の童話。


小学生以来だなあ、読んだの。で、読んだらやはりしばし黙考してしまった。ううむ。
考えさせられること多し。自分に突き刺さること多し。

坊ちゃんも読んでみなければなあ。。。。。


そんなわけで茂木健一郎氏の連続ツィートを転載。

2010/09/10
連続ツイート 坊っちゃん

坊(1)夏目漱石の『坊っちゃん』を子どもの時最初に読んだとき、坊っちゃんが悪いやつらをやっつける痛快な小説だと思った。そのうち、この小説の背後に流れる、痛切な哀しさ、社会の不条理に気付く。

坊(2)坊っちゃんと山嵐が、赤シャツと野だいこをなぐって、懲らしめる。痛快なようだが、結局職を失うのは二人である。赤シャツと野だいこはそのまま学校にいて、マドンナも赤シャツのものになってしまう。

坊(3)そもそも、坊っちゃんの生い立ちはさびしい。父親は顔を見る度にお前などロクなものにならないという。台所でふざけて叱られ、親戚の家にいる夜に母親が死ぬ。死んだのはお前のせいだと言われて兄につっかかり、またもや叱られる。

坊(4)肉親が皆坊っちゃんを疎外する中、唯一親切にしてくれたのが、きよ。きよだけが、坊っちゃんの心がまっすぐで良いと褒めてくれる。そのきよの愛を、坊っちゃんはなかなか素直に受け入れることができない。

坊(5)坊っちゃんが赴任する松山は、小説中でいろいろ悪しざまに書かれている。人々は陰湿で、お互いに相手の視線ばかり気にし、不効率で、形式主義で、集団に埋没して自分で考えない。

坊(6)『坊っちゃん』の中に描かれる松山は、実は「日本」のことである。風土病とでもいうべき、日本の悪弊の数々。それが「松山」という田舎のことだと思うから、読者は安心して笑っているが、実は漱石によって書かれた自分たち自身の映し絵なのである。

坊(7)漱石の批評精神は、自分自身にも及ぶ。『坊っちゃん』の登場人物の中で、漱石自身がいるとしたらどれか? 子どもの頃読んだ時には、江戸っ子で、正義の味方である「坊っちゃん」こそが当然漱石の分身なのだろうと考えていた。

坊(8)実は赤シャツこそが漱石なのだと気付いた時、その自己批評の厳しさに涙した。学士様で、気取っている。何よりも、友人の女を奪ってしまう。『こころ』でも繰り返された、漱石のトラウマのようなテーマ。この烈しさがあったからこそ、漱石は偉大な作家となった。

坊(9)『坊っちゃん』の中で、きよやうらなり君は、抜け目なく世間を渡ることなく、ただ人が良いだけで、どんどんと没落していく。しかし、そのような人たちにこそ人間としての「誠」があるということを、漱石は痛烈な筆致で書く。

坊(10)『坊っちゃん』では、新聞がデタラメを書くということが痛烈に批判されている。坊っちゃんと山嵐が学生たちの騒動を止めに入ると、新聞には二人が扇動したと書かれる。しかも、訂正記事がなかなか出ないのだ。

坊(11)『坊っちゃん』は、子どもの頃読めば、痛快な青春小説として楽しむことができる。大人になって物事がわかってくると、漱石が、社会の不条理、日本の病理、生きることの難しさ、人として大切なことについて、いかに多くの激烈なる「時限爆弾」を隠しているかということに気付き始める。

坊(12)漱石は、『坊っちゃん』を書いた当時、一高と東京帝大で教えていた。授業や試験の採点などで忙しい中、一二週間ほどで一気に書き上げたとされる。漱石自身にとっても、『坊っちゃん』を書くことは一つの「解放」だったのである。

坊(13)『坊っちゃん』を書いた翌年、漱石は東京帝大を辞し、当時の「ベンチャー企業」であった朝日新聞に入社する。今とは比べものにならぬくらい大学教官に権威があった当時の風潮からすると、常識では考えられぬ烈しい反骨精神であった。

坊(14)最後に、坊っちゃんはずっと自分のことを無条件に愛してくれていたきよと一緒に住む。「清や帰ったよと飛び込んだら、あら坊っちゃん、よくまあ、早く帰って来て下さったと涙をぽたぽたと落した。おれもあまり嬉しかったから、もう田舎へは行かない、東京で清とうちを持つんだと云った。」

坊(15)『坊っちゃん』の最後「死ぬ前日おれを呼んで坊っちゃん後生だから清が死んだら、坊っちゃんのお寺へ埋めて下さい。お墓のなかで坊っちゃんの来るのを楽しみに待っておりますと云った。だから清の墓は小日向の養源寺にある。」結局、最後に残ったのは純粋でまっすぐな愛であった。

坊(16)日本が激動の時を迎え、個人を抑圧するさまざまな日本の「風土病」とでもいうべき社会の不条理が解体の時を迎えようとしている時、人として大切なものを見つめ直し、生きる勇気を得るためにも『坊っちゃん』を読み返したい

以上、夏目漱石の『坊っちゃん』についての連続ツイートでした。

(2010年9月9日、http://twitter.com/kenichiromogi
にてツイート)

行ってまいりました、名フィル。今回のコンサートの詳細は以下の通り。

名古屋フィルハーモニー交響楽団 第372回定期演奏会

2010年9月4日(土) [会場]愛知県芸術劇場コンサートホール

[指揮]ティエリー・フィッシャー
[ヴァイオリン]植村太郎*

[曲目]
斉木由美:二つの素描-独奏ヴァイオリンとオーケストラのために*〈委嘱新作世界初演〉
マーラー:交響曲第5番嬰ハ短調



毎度の事ながら小生の「タコ耳聴取録」を記しておきたいと思います。

名フィル快演!しかし課題や問題も浮き彫りに。

新聞見出し調で記しますと、今回の演奏の小生にとっての全体的な印象はこのようになるのかな。

曲目毎に簡単なスケッチを。

斉木由美さんの新曲。
作曲者によるプレトークがあったようですが、残念ながらホール到着が開演10分前で聴くことができず。
この曲の小生の印象は「出来の良い」吹奏楽の曲のような印象。吹奏楽コンクールの邦人作曲家による課題曲はこんな感じだよな、なんて聴きながら思いました。そんなわけで今回の新曲のような現代曲は吹奏楽出身の小生にとってはなんだかなじんでしまう曲。(曲も、小生も「吹奏楽級」と言っては身も蓋もないのですが 苦笑)前回の藤倉大氏のアンペールは少々苦手でしたが。
ただあの長さが限度でしょうね、とも感じました。
ホルンのマウスピース叩き、ホルンである必然性は?なんてわけのわからないことをこの日聴き終わった後の友人達との飲み会で語りあったりもして(笑)、そんな意味でも有意義な(?)曲でした。

マーラー。名フィル快演でした。
しかし冒頭に記したように、小生には「名フィルが現状で抱える課題が露呈」した演奏であるようにも感じました。フィッシャーはこの曲に対して極端ささえ感じられるほどの緩急の差を振り付けて、この曲の持つ内面を明確にしようとした、と小生はとらえました。

一楽章のトランペットのファンファーレの後の、「重い軛」を付けて歩くかのように重く重く演奏された葬送行進曲や、スコアの指示通りに「Sehr langsam」に演奏され(しかし通常演奏の倍くらいは遅いんじゃないかとさえ感じられた)単なる美しい「アダージェット」にあえてしなかった第四楽章。予想通りのフィッシャー節を炸裂させた・・・緩と急、タメと解放をみせた第二楽章、それに加えて最後には終結部へのなだれ込み・煽りを加えた終楽章。

フィッシャーが意図する音楽は実に明確。名フィルもそれによく応え、実によい演奏を聴かせてくれました。とくに金管楽器群、トランペット、ホルン、トロンボーンの快演は特筆です(ちょっとした疵はありましたが)。なかでもホルントップの水無瀬氏は出色の演奏でした。大ブラヴォ!

しかし・・・たとえば第四楽章で露わになってしまった「弦楽器群」の不安定さや、楽章が長くなるにつれての緊張感の保持の難しさ(これは観客の方がよほど問題ですが)などは現在の名フィルが抱える課題なのでしょう。

つい先日聴いたしらかわホールでの名フィルとはまったく違う弦楽器の不安定さ、それが何を意味するかといえば「エキストラの質」なのかなあ、なんて「タコ耳」の小生は感じたりもしましたが、それが正しいのかどうかはわかりません。名フィルメンバーがフィッシャーによって鍛えられて、音色の統一感や一体性が以前より格段に向上しつつあると小生は感じますのでエキストラとの「差」が昔よりも目立ってしまう・・・・なんてこれは素人考えなのかもしれませんが。
しかしこれは「エキストラ」を責めるのではなく、自前のメンバーでこれくらいの曲をまかなえない名フィル(だけではなく地方オケ)の運営状況の厳しさに問題を求めるべきかもしれませんね。


さてこの日、演奏の後には友人達と都合6人で「名フィルのマラ5」を肴に痛飲しました。演奏会の後に飲むのは本当に楽しいですね。音楽を聴くこと、そのこと自体もも楽しいですが、それを語り合いながら酒を飲むことの楽しさったら最高です。まさに至福の一時。これも「名フィルとマラ5のおかげ」と考えると、ホントは何も言うことはないのかもしれませんね。

書きたいことはいろいろあるのですが(例えば亀山さんの衰えに対する寂寥感とか宮本弦君ってわりとフォーカスが太い良い音がするんだなとか小幡さん・・・以下略)まあそんなわけで。






今月の名フィル定期、メイン演目はマーラー5番。

本日9月3日金曜日の演奏はすこぶる良かったようである。
小生は明日の土曜日に行くのである。


でもって付け焼き刃の予習?確認?耳慣らしをしようと思ってCD庫を探すもマラ5は無い。
そりゃないよなあ、マーラーあんまり好きじゃなかったもんな少し前までは。。。。なんて思うが後の祭り。

ところが一枚だけあった。

なんとテンシュテット/LPO 1988年12月13日のライヴ録音盤。

ううむ。

tensyutettomara5.jpg



これを聴くことが上記目的と照らし合わせて正しいのかどうか・・・まあいいだろ。



友人の言によると、小生にはクーベリック/バイエルン放送響のマラ5が貸してあるはずだぞ!とのことなのだがマラ1はあるのだがマラ5がない。これも困ったモノである・・・とほほ。

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