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久々の名フィル鑑賞記をば。

2月16日、名フィル定期を聴いてきました。
今年度は名フィル定期は皆勤なのですが、鑑賞記は今年度初。
小生のタコ耳度がいよいよ増してきましたので・・・・ということが原因ですね。


そんなわけですから、今回の鑑賞記も割り引いてお読みいただければ。。。。


さて、マエストロが変わるとこうもオケの音が変わるのか!!というのが第一印象。
398回の、ふわふわとしてフォーカスが甘くなんだかぶかぶかの服を着て運動しているような音像から、
ビロード・ベルベットのような手触りながらもくっきりと焦点が合い引き締まった音像への変化。

円光寺氏と尾高氏の力量の違い、といってしまえばそれまでなのですが、
昔は誰が振っても「名フィルの音」を鳴らしていたのですが、
いまはマエストロによって音が激変してしまう力量となった名フィル。
それはとても良いことなのですが、でも考えようによっては少々不幸な面もあり。。。。



399回定期、小生は休憩前の2曲が◎。
特に「マ・メール・ロワ」に大満足。
名フィルであんな「マ・メール・ロワ」が聴けるんだと感動しました。
いやあ良かった。

休憩後のエルガー、演奏自体は○。
たとえばトランペットの井上氏などは、元々上手いのですが
より高次元に突き抜けた「おおっブレークスルーしたのか!」と思わせる演奏でしたし。

ですが、なんだか曲そのものが少々「薄っぺらい」ような気がして、小生的にはイマイチでした。残念。
ペイン補作、という先入観がそうさせたのかもしれませんね。

力量アップした名フィル。
これからはマエストロの力量を「鏡のように写していく」オケになるのでしょうね。

これからが楽しみでもあり、不安でもあり。



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行ってまいりました、名フィル定期。

コンサートの詳細は以下の通り。

名古屋フィルハーモニー交響楽団 第379回定期演奏会 「永遠の愛を求めて」

【日時】2011年 4月16日(土)4:00pm開演
【場所】愛知県芸術劇場コンサートホール

【プログラム】
R.シュトラウス: 交響詩『ドン・ファン』 作品20

リスト: 死の舞踏 S.126*

プロコフィエフ: バレエ『ロメオとジュリエット』 作品64 抜粋
1. メヌエット 2. 仮面 3. ロメオとジュリエット 4. タイボルトの死 5. モンタギュー家とキャピュレット家 6. 少女ジュリエット 7. 踊り 8. 朝の踊り 9. ジュリエットの墓の前のロメオ 10. ジュリエットの死

【指揮】
ドリアン・ウィルソン

【ソロイスト】
ヴァディム・ホロデンコ*(ピアノ)



とうとう名フィルの新年度が始まってしまいました。
「始まってしまった」というのは穏やかな表現ではありませんが、小生にとってはフィッシャーが常任から降りてしまった「無念な新シーズンが始まってしまった」というのが全く持って正直な感想なのです。
しかし、まあそんなことばかりも言ってられませんね。というわけで行ってきたわけです。


開演前にエントランスではミニコンサートが開催されておりました。
4つの団体が演奏してくださったこのミニコンサート。どれも秀逸な演奏でブラヴォ!でした。

なんだかにこやかな気分になって席に着きオープニングのドンファン。
まあ悪くないか、という小生の感想。よく鳴ってるし。
でも締まりがないと言えば締まりがないような、キレがないと言えばキレがないような。
でもまあ、先ほど書いたとおりに「悪くなはい」演奏だったと思います。

2曲目「死の舞踏」。これがこの日の最大収穫。ピアニストがウルトラ秀逸でした。
空に浮かぶようなキラキラした玉のような高音を披露したかと思うと、低音では悪魔の声のごときドスのきいた音色を鳴らす。次の瞬間突き刺さるような高音を鳴らし・・・・といった具合に多彩な音色を持ち、もちろんテクニックも凄い。タッチも音の抜けも素晴らしく、オケがゴーゴー鳴らしているのにピアノの音ががしっかりと聞こえてくる。

余りの凄さにビックリしてしまった小生。聴き終えたときは魂の抜け殻状態でした。

アンコールがまた良かった。
聴いていたときはスクリャービンとかそんな方かしらん?なんて思っていたのですが「メトネル: 『忘れられた調べ』第1集 作品8より 第7曲「森の舞曲」」という曲だったらしいです。メトネルとは初聴きの作曲家でした。

この「死の舞踏」を聴くことができて幸福だった、と言い切って良い演奏でした。ピアノにばかり気をとられていてオケはまるで気になりませんでした。ということは普通だったのかな。

どうでもいいことですがソロイスト氏、見た目はムーミンか「クッキングパパ」の「工藤君」のような風体だったのですが、その風体との余りのギャップにもびっくり。グールドなんかもコンサートではこんな感じだったのかな、なんて想像したり、そういえばコロリオフもシャイでこんな感じだったなあ、タッチもなんだかコロリオフに似てるかもなあなんても思っておりました。




でこの日のメイン「ロミオとジュリエット」。
粗かったかな、締まりがなかったかな、キレがなかったかな、というのが小生の印象。
小生好みとしては「よく鳴りながらも硬質で締まった演奏」。それとは別の演奏だったように感じましたが、これは小生の好みの問題です。

今回のマエストロ、バーンスタインの最後の弟子、みたいな売り文句があったように記憶していますが、バーンスタインの特質を「裏目に出した」ような演奏をするなあ、なんて感じておりました。

まあ今回はこんな感じですね。


4月になって自分自身の勤務体系がまるで変わって、ブログを書く余裕がまるでなくなっているのが無念なのですが、また機会を見つけて書いていきます。名フィル聴取録は何が何でも書いていこうと思っておりますので、もし楽しみにしてくださっている方がいらっしゃいましたら、気長にお待ちいただければ幸いです。

それでは。






いろいろと迷い、逡巡したが今回の名フィル聴取録を書く。

高橋源一郎氏のツィートを引用する。
有効と思われる情報をRTし、デマや煽動を避け、目にあまれば指摘し、きちんとした額の寄付金を準備し、ここ数日の異変で情緒不安定になっている子どもたちに、いつもより優しくしてなにも怖くないから心配しなくていいよといい、健康であることに感謝しながら、粛々と日常生活を営みます。」
氏のツィートに大いに賛同する。

今回の演奏会の詳細は以下の通り。

2011年3月12日(土)16:00開演 [会場]愛知県芸術劇場コンサートホール

[指揮]小泉和裕

[曲目] モーツァルト:交響曲第36番ハ長調 K.425『リンツ』
    ブルックナー:交響曲第3番ニ短調『ワーグナー』[1888/89 ノヴァーク版第3稿]


金曜日午後15時頃から急激に体調が悪くなり、この日帰宅して早々に寝込む。のどが痛く、なんだか熱っぽかった。
翌日もまだフラフラしのども痛かったが、風呂に20分つかり大汗をかいたら何とか復活。強制外部ドーピングが成功した、というわけか。
コンサートに行くことも逡巡したが、家にいてニュースを見ていても、わたしには何かできるわけでもないので、とりえあえず動き出すことにしてコンサートに出かける。

会場に着くと、チケットもぎりのすぐ後ろから、名フィルの団員諸氏が募金箱をもち、今回の地震に際しての義捐金を募っている。わたしは井上氏にの箱に義捐金を入れさせて頂く。あいにく手持ちがなく、少ない金額で本当の申し訳ないのだが、ここでの募金活動が想定外の(大変プラスの意味で)あったので、ここでは気持ちだけではあるが義捐させていただいた。細君は二階のフロアで安土嬢の箱に義捐していた。

演奏が始まる前、演奏する団員諸氏が入場し名フィルから今回の地震で犠牲となった方々に対しての黙祷の協力を求めるメッセージ。当然黙祷させていただいた。

自宅にいてテレビでニュースを見ていただけであったなら、わたしはただ徒に心を痛めて、ただ時間を過ごすだけであったのだが、この演奏会、コンサートに出かけてきたおかげで私は義捐することができ、そして会場にいた多くの方々と名フィルの団員諸氏と哀悼の思いを共有し、祈ることができた。


さて演奏である。

残念ながら今回の演目、モーツァルトそしてブルックナーと、個人的には「天敵二人」である。「よくもこの二人がラインナップに並べたな。俺に恨みでもあるのかい?」というレベルの天敵である。当然だが名フィルが見ず知らずの小生に恨みなどあるわけもないわけだが、もう二人とも小生にとっては大の苦手の作曲家なのである。モーツァルトはまるで「何がよいのかわからない」し(まあ邪魔にはならないんだけど)ブルックナーに至っては「何を聴いても同じに聞こえる」のだ。当然小生の数少ない手持ちのCDの中にはブルックナーはゼロ、モーツァルトはピアノ関連が10枚くらい。我ながら笑ってしまう。

であるので、適切な演奏評はまるで書けない。第一印象のみを記す。

モーツァルト:「ごつい」なあという印象。
ブルックナー:隣のブロック右斜め後ろのおじさんが「大イビキ」をかいていらして第二楽章からそれが気になって曲どころではなくなってしまった。もともと「何を聴いても同じに聞こえる」のにこれではもう「まるでだめお」である。
時々耳についたのは、ホルン、野々口さんが不安定だなあということか。


二曲を通して感じたのは、フィッシャーの時と比較すると「サウンドがモコモコ・モワモワしている。」ということ。モコモコ・モワモワしているので「サウンドが塊」として聞こえてくるので迫力はある。が、どうもすっきりしない。なんだかなあ、という感じであった。
音楽自体も、昨年も同じ事を書いたような気がしたのだが、私はマエストロ小泉氏がどうも苦手。それもあるのだろうなあ。
先月下旬、短期間にフィッシャーを三度も聴いたのであ「あの分離のよいサウンド」がしみこんでしまってなおさらそんな感覚に襲われたのかもしれない。

まるで個人的な推測だが、フィッシャーのブラームスツィクルスに不満を覚えた方々は、もしかしたら「サウンド(パートやセクション)の余りの分離の良さ」のため「塊としての迫力」に欠けるところにあったのではないか。今回のパンフに聴取録を載せていた評論家氏もそこに不満を覚えたのではないか。そんな風に思った次第である。

評論家氏と言えば、まるで見当外れかもしれないが、2階13列30番だったかその隣の29番だったかに、なんだか評論家風の方がお座りになっていた。評論家氏かなあなんて思ってみていたが、ブルックナーでは寝ていたので違うんだろうな。


帰宅して自宅においてあった携帯を見ると従兄弟から着信があった。
仙台市泉区に居住している小生の伯母が避難所にいて無事であるとの報せであった。
小生は14歳で母を亡くしており、それ以来ホントにいろいろと心配してくれている伯母である。
金曜日から全く連絡が取れず、本当に心配であったのだ。
連絡をくれた従兄弟は伯母の三男。埼玉熊谷に住んでいる。彼も心配だったろうな。
避難所にいるため連絡手段は携帯のみ。でも携帯は通話はまるでつながらず、かろうじてメールが何とかつながるのみであったそうだ。
伯母の長男は、伯母とは別居だが仙台に居住しているが、この日は出張で花巻に行っていて仙台に帰宅する手段がなく困っているとのこと。この長男とも時々つながるメールでの連絡のみである。長男の奥さんの実家が松島あたりの海沿いなので、実はかなり心配している。
次男坊も仙台居住。こちらは無事であるとのこと。
また小生の親戚の多くは青森県むつ市に居住しているのだが、停電には閉口したが無事であるとのこと。

いろんな意味で、今回の名フィルの定期演奏会に行って良かったと思う。
義捐することができたし、多くの人々と思いを共有することができたし、「フィッシャーの名フィル」についても思いを巡らすこともできた。モーツァルトとブルックナーはやはり苦手だということも再認識することができた。

私は明日からも、懸命に自分を生きようと思う。それしか私にできることはない。
仙台の避難所にいる自分の伯母のもとにさえ駆けつけることもできない。いまは励ましの言葉すらもかけることすらもできない。

だけど、いやだからこそ、私は自分自身を懸命に生きることがベストだと思うのだ。
そしてできる限り最大限の金額を準備して、被災した地域に役立ててもらうつもりだ。

踏ん張ってくれ、我が故郷東国。私の心はあなたたちと共にある。頑張ってほしい、踏ん張ってほしい。

けっぱってけろじゃ!!わぃはわぃでけっぱるして、などもけっぱれ!


行ってまいりました、名フィル。コンサートの詳細は以下の通り。

[日時]2011年2月27日(日)16:00 開演
[会場]中京大学文化市民会館オーロラホール
[指揮]ティエリー・フィッシャー
[ピアノ]若林顕
[曲目]ブラームス:ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 作品83*
    ブラームス:交響曲第4番ホ短調 作品98

  


この日はマエストロ・フィッシャーが常任指揮者としての名フィル最後の演奏。
小生は出待ちをしてマエストロにサインでもして貰おうかとCD2枚、名フィルのショスタコ5番とBBCウェールズのオネゲル:クリスマスカンタータ、もちろんどちらもフィッシャー指揮ですが、さらに名前ペンまで持って行ったのですが終演後楽屋口まで行ったらなんだか怖じ気づいてしまい、結局サイン待ちせずに帰ってきてしまいました。46歳という年齢が邪魔したのか、それともただのチキンだったのか。。。。orz

さてでは小生の「タコ耳聴取録」をば、と思うのですが、この市民会館、座席によってまるで聞こえ方が異なることで有名です。小生は昨年のベトツィク・今年のブラツィクは共に3階1列目27番という座席でした。来年はパスしましたのでまた誰か他の方が座るのでしょう。ではタコ耳聴取録へ。

1曲目のピアコン。
ソロイストの若林氏は一つ一つの音を丁寧に鳴らし、わりとゆっくり目のテンポで演奏をしておりました。これは全ての楽章に共通し、時にはもっとアグレッシブに、なんて感じるところもありましたが、全体としてはこの曲の「重厚さ」を演出・構成するのに適していたと感じられました。彼の音もオケに埋もれることなく一つ一つの音の粒立ちもくっきりとして鳴っておりました。
この日の彼の演奏はまことに「壮大・堅牢」といった印象で、まるでゴシック様式の巨大な聖堂、たとえばケルン大聖堂のような、を思わせる演奏ぶりでした。
これに応える名フィルも良い出来映えで、重厚ながらもけして停滞することなく演奏し、緊張感も感じられ非常に良い演奏でした。
3楽章のチェロのソロは小生の想像以上の出来映え。ホルンは2・4番(でいいのかな。後列の安土嬢・トラ嬢)のフレーズになると少々ほころびが見られましたが、まあ及第点。同じフレーズを二度とちらないのはさすがプロ。

小生の「タコ耳・イカ脳」には今回のピアノコンチェルトは「名演」ともいえる演奏ではなかったか、と感じられました。

2曲目の交響曲4番。
これが素晴らしい演奏でした。
1楽章、フィッシャーの音作りここに有り!といった感がある演奏で、楽器・セクションの奏でる音が全て聞こえてきて、特に動きのあるフレーズが耳に飛び込んでくるように構成されていてまるで「万華鏡」のような音の洪水に飲み込まれたようでした。いやあ凄かった。テンポは小生のリファレンス盤であるクライバー/ウィーンフィルより少々遅めの展開。遅めですが粘ることなく前へ進む。それもまた良かったかな。
さてTpの時々、といっても2回か3回か、とちりあり。有り得んところでミストーンだから目立ってしまう。難しいフレーズは吹くのに、何でんなところでとちるのかなあ。なんか緊張しすぎるのかなあ?

2楽章ではホルンのソロもオーボエもクラリネットもファゴットも、皆素晴らしい演奏。もちろん弦も。といった感じなのですが、小生の隣の隣に座ってたおじさん、小生の細君の隣に座ってたおじさんなのですが、そのおじさんが1楽章と2楽章の間に隣の女性(小生の細君ではない)になにやら抗議されていて、何だったんだろう?なんて気になってしまいましたので、実はこの楽章は少々の間演奏に集中できず。無念。

3楽章はフィッシャーらしい推進力を伴って、しかし速くなりすぎることはなく・・・そういえば3番も4番もフィッシャーは決して「ぶっ飛ばすことなく」堅牢な構成を主眼にしているように感じられたなあ・・・演奏され◎。

4楽章。この楽章になったら、もうこれで終わっちまうんだなあ、なんていう感慨の方が脳味噌を支配しておりましてなんだか冷静に聞けず。
この楽章でもフィッシャーは丁寧に音楽を紡いでいきます。ただ単に丁寧ではなく熱いところでは当然熱いのですけれどもね、フィッシャーは。
名フィルはといえば中低弦をゴーゴー鳴り響かせ重厚なサウンドを造りあげ、これが芸文だったらどれくらいの音になるのか!と思うくらいの凄さ。管楽器も好演、熱演。
欲を言えばTrbの1stもっとバリバリ鳴らして欲しかったなあ藤沢さん、1stは田中氏の方が良かったかななんて思ったりもいたしました。

で、最後のフレーズとなり、最後の和音が鳴り響いてしまったわけです。

「あ~、終わっちゃった・・・・」「終わっちゃったねえ・・・」というのが終演後細君と交わした言葉でした。


この日のカーテンコールは長く続きました。
マエストロ・フィッシャーは弦をセクション毎に称え(まるでコバケンのように、しかしコバケンとは意味が違う!)、小生それを見てたらなんだか泣けてきました。

合奏精度を抜群に向上させ、モワモワしていた鈍重なサウンド(それもまた個性だったのですが)シャープで切れ味鋭いサウンドを実現し、しかもそれだけではない重厚さも可能とした(鈍重と重厚は違うのだと音で聴かせてくれたフィッシャーです)・・・それはこの日の演奏で見事に発揮されておりました・・・まるで以前とは見違えるようなオケにしてくれたフィッシャー。

彼の常任の最後のコンサートは、彼の3年間の集大成・・・マーラー9番とは違った意味で・・・の演奏でした。

この3年間、ホントに良い時間に立ち会うことが出来たなあ。そう思うと感慨深いです。








行ってまいりました、名フィルブラームスツィィクルス#3。

今回のコンサートの詳細は以下の通り。

[指揮]ティエリー・フィッシャー

[ヴァイオリン]ルー・ウェイ  [チェロ]趙静

[プログラム]

ブラームス:悲劇的序曲 作品81
ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための協奏曲イ短調 作品102*
ブラームス:交響曲第3番ヘ長調 作品90


マーラー9番で熱演を聴かせてくれた我らが名フィル。
あれから3日しかたってませんが大丈夫かなあ、休み無しでリハしたのかなあ、プロはやっぱり大変だよなあなんてとかく素人の小生は余計なことを思っておりました。


さてさっそく小生の「タコ耳聴取録」を記録しておきたいと思います。

1曲目の悲劇的。
う~~ん、イマイチ音が届かないよなあ、イマイチまとまりがないよなあ、イマイチ不安定だよなあ、イマイチあの楽器の音色がペラペラで、イマイチあの楽器のピッチが不安定で、イマイチ。。。。。。。。。。なんてまったくイマイチ感が存分に漂っていた1曲目でした。例えはとても悪いですが「昔の名フィル定期1曲目」のようなイマイチ感。
やっぱマーラー後の燃え尽きた症候群か?なんて思って聴いておりました。

2曲目。
おおっチェロのソロイストはまあまあだよななんて感じた瞬間ヴァイオリンのソロイストにメロディが移って小生途端に腰抜かすの巻。何だこのヴァイオリンの入り方は?これってブラームスのスタイルか?????
小生のタコ耳には彼のヴァイオリンがまったく理解できず、小生のタコ頭では彼の奏法、音色などまるでブラームスのスタイルに合っているとは感じられず、小生には彼の奏でる音楽が何もかも「ごめん (_ _)」状態となってしまいました。
チェロが、そしてオケが曲を作っていくのに、ソロヴァイオリンに音楽が移った途端に音楽が寸断・分断され、まるで流れがなくなり停滞してしまったように感じられ、もう小生としては苦しいばかりなり。

つらい時間がようやく終わると会場はブラヴォの嵐。やはり小生はタコ耳なのですねえ。

終了後ソロイスト二人はアンコールを奏でてくれました。ヘンデルのハープシコードの編曲版。こちらはダブルコンチェルトよりはまだマシでしたね、ソロヴァイオリン氏は。でも「まだマシ」くらいで、小生にとっては別に「良い演奏」ではありませんでした。最後まで不幸だった小生。チェロはまあまあだったのにな。無念。


3曲目。
シンフォニーも悪かったら今日は最悪だなあ、なんてびびっておりましたが、杞憂でした。良かった。
最初の音から「まるで違う」じゃないですか、響きが、ベクトルが!音が飛んでくるじゃないですか、しっかりと。中低弦がゴーゴー鳴るじゃないですか「市民会館」なのにもかかわらず。ホルンもよく踏ん張ってるし。
ああ良かった。これを聴きに来たんだよな。

というわけで良かったです、交響曲第3番。
2楽章と3楽章、3楽章と4楽章をマエストロフィッシャーは棒を下ろさずにそのまま演奏。これも良かったのかな。

そして4楽章終了、フィッシャーはマーラー9番の時のようにゆっくりと棒を下ろそうとした瞬間に「一人のブラヴォー野郎」が出現してしまいなんだかがっかりな終末に。
マエストロ・フィッシャーはブラヴォーがかかった瞬間に「下ろしてない棒を強調」したかのように見えたのですが、これは小生の気のせいでしょうか?
しかしあのブラヴォー野郎、とっ捕まえて三角帽子でもかぶせて晒し者にしたい位だぞ、小生は。何とか方法は無いものか?くそう!


とまあ、3曲全部スカだったらどうしようかと、途中休憩中では真剣に考えてしまいましたがメインが良かったので何より。

次は4番とピアコン2番です。今度は2つとも揃えてよねえ!!

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